戻 る

真 ・ 伸 物 語

6.野  球 3 

おやじ番

 こんどは、伸の野球についてだが環境は真の時とは違った。私の友達(といっても大先輩だが)のさそいで伸は、リトルリーグに所属することになる。わたしは当時、Jrアイスホッケーチームの事務局をしていたので選手登録のことは知っていたつもりだったが自分の息子によってさらに理解できた。
 真の場合、町内の子供会やら学校の部活やらなんにでも顔を出していたのだが伸の場合違うらしい。町内の子供会のスポーツ行事はいわゆる「スポーツ少年団」の活動に類するらしい。だからリトルリーグと子供会は重複して両立できないのだ。学校の部活に関しては、リトルの事務局の人がこまめに入会、退会の手続きを繰り返したり、関係者に根回しをしたりして本人たちは支障なく活動できた。それを知らない親もいるのだがスタッフの働きには誠に頭が下がる。
 前回の野球2のとき、私との秘密の特訓のはなしをしたが実は伸のときもそれに似た極秘のレッスンがあった。ここでは省略するが、・・・えっ、するなって?    聞きたい人は次の事を確認してからリンクをクリックしてください。 @良い子には決して試さないで下さい。A親が必要以上に楽しまないでください。B両親の合意の基で行って下さい。 以上のことを守れる方だけ押してください。     野球3極秘の特訓
 さて、リトルリーグというのは”硬式”ボールである。私は子どもの頃、高校野球の練習場に隣接した畑を持っている家の子と友達だった。彼の両親が農作業のとき高校生の打ったボールをしばしば見つけるらしく一個”硬式”ボールをもらって喜んで帰った。今までゴムボールしか知らないのでそのボールは宝物になる。始めは眺めながら時々さわる程度、なれてきたらグローブでパシン、パシン。そしてキャッチボール。やり始めはいいのだが、だんだんへたくそなのも手伝ってぞんざいになる。そして一ヶ月もたてばボロボロだ。糸がほつれ、皮は傷だらけ・・・・・だめだ、内臓が出てきた。    短い生涯だった。でも私たちは彼を十分に慈しんだ。
 彼の死因を確かめるために司法?解剖をすることになった。まず、内臓が出ている部分から糸をきる。皮をはがすとほそい凧糸ぐらいのものが何重にも巻かれてあるがかなりの量である。彼のほとんどをこの凧糸が占めているらしい。 と思っていたら今度は毛糸ぐらいの太さの糸にかわり最後はコルクの芯が残った。そのコルクが彼の骨である。    死因は、度重なる打撲による内臓破裂だった。 ・・・・・ 合掌!
 硬式ボールを金属バットで打つ。これは経験した人でなければ得られない快感だ。いい打撃をした場合、手には「あたったよ。」ていう優しい感触だけで白球が遠くへすうっとすいこまれて行く・・・これが最高。音もそうである、あの金属音と手の感触は忘れられない。高校時代、私のいっこ上から金属バットが導入されたので辛うじてわたしも経験できた。その後、草野球でも金属バットを使ったがあの”硬式ボール”の感触はついになかった。
 日本でのリトルリーグでは小学生から中学1年まで(日本の学制で中一全部ではない)の年齢で伸は低学年から関わった。やはり、おなじ野球ではあるのだがボールの質量の差で”硬式バット”の重さは軟式のそれとは違い5割ぐらい重い。ボールの質量の差で受けるグローブの皮も厚くなる重くなる。まして小学生高学年から中学生へと成長の過程にはかなりの体格さも生じる・・私自身いろいろな意味で長男のときと違った経験をさせてもらった。
 さあ我らが伸君は、どのポジションなのだろう。そう、だいたいが外野手で出場した。チームの構成上ベンチスタートが多かったのだが、これは彼の責任ではない。年上のうまい子がおおぜいいたためで彼も納得ずくのことだった。今でも思い出すのだが彼のはじめての守備機会、ライトへのフライをやっとのことでつかんだのだが、かなり危なかった。あとで本人も言っていたが緊張してボールがゆれて見えたらしい。ここで、親ばかを発揮して言わせてもらうが、サッカー・ホッケー・バスケットボールなどの時間制(動的)ボールゲームと野球・テニス・バレーボールなどのポイント制(静的)ボールゲームの違いはメンタルの部分の使い方が違うらしい。いわゆる「間」の問題である。そういう意味ではわが真・伸は、どちらも経験できたのがしあわせである。
 学校の部活の野球ではどうだろう?伸は、キャッチャーだ。これはわたしに責任がある。実は、アイスホッケーのチームのなかで年代的にゴールキーパーを誰にしようという時期があった。そのとき真っ先に伸に立候補しろとそそのかしたのはわたしである。「見てみろ、みんなと違ってごつい防具をつけて格好いいぞ。」「男一匹、ゴールを守る。」などといったものである。案の定、彼は監督にキーパーをやりたいと志願した。しかし、却下された。後から立候補したふたりにしてみればそれで良かったなと思える判断だった。さすがに監督である。思えばこのときの「要の位置でプレーしてみたい。」という気持ちが野球でキャッチャーと結びついたのかなと思えるのである。
 彼のリトルでの思い出・・・    大会でキャッチャーが負傷した。硬式ボールを中学生のピッチャーが放り小学生のキャッチャーが受けていたときである。ミットで受けていた手が限界に達していた。試合展開でもう替わりの選手がいない。同じ年のキャッチャーが負傷して、外野守備位置から伸も心配そうに眺めていた。監督は、そのとき投げていたキャプテンに「だれに受けてほしい?」と聞いたらしい。かれは、「伸」と答えたらしい。このことを後から伸は嬉しそうに語った。
 その大会はみごとに優勝した。
  


戻 る



Copyright 2004-2005 AsahiScreen. All Right Reserved.

色鉛筆

2004/02/07〜