おやじ番
伸は、声がでかい。しかもダミ声だ。兄弟が小さい頃、ステレオに付いているマイクで歌を歌うときがあった。大抵、真の方が先に歌い後から伸がうたう、そういう順番だった。今から考えると不思議なものでたいがい小さい子の方が我がままを通して上が我慢する図式であるが、私が記憶している分には伸が後だったと思う。
まあ子供の歌であるからそんなにレパートリーが広いわけではないので程なくチェンジとなる。それはもう元気な声だ。五線紙に音符を書けと言われれば、譜面を読み書きできない私でも書けるほど、一本調子の歌だ。
そうしていると、自分も知っている歌があると真も歌いだすようになる。そうなるとたまらない、敵からパックを取られないように体を使いながらスティックで応戦するがごとくものすごい抵抗に合う。「俺は、おまえが歌っているときは、我慢したんだから、ちょっかいを出すな。」おそらく彼の言い分はそうに違いない。体の抵抗だけでなく声の抵抗、これが尋常ではない。あのダミ声は、ここから始まるのだった。生まれながらにライバルの居た者の宿命である。
彼の抵抗は、声だけではない。親の取り合いのときもそうである。たとえば、幼稚園のことなど真と母親が話をしていると、おもむろに伸が参戦してくる。「うんとね、あのね、」しかし母親は真との話の決着がついていないのでこちらを向かない。普通であれば、でかい声をだしてアッピールするぐらいだが彼はそうしない。横を向いている番ママの両ほほを両手ではさみ、「あっち向いて、ホイ!」の要領で無理やり自分のほうへ向かせるのである。そうすれば大概の大人は怒るのだが、写真のようなまん丸目玉のくりくり坊主がポンとあらわれるのでなかなかおこれない。大した知恵である。
私のところは、前が自宅、後ろが工場と別棟になっている。隣り合っているとはいえ日中は、ほとんど工場のほうで仕事をしているので自宅は空である。子供達が学校から帰ってきていても気づかないことはしょっちゅうだ。しかし、私は、どうしてもトイレは自宅のほうが落ち着く。家族の中でもトイレ占有率は抜群だ。そう、トイレに座っている時と今まさに眠るぞという時の布団の中は私だけのものなのだ(遠くで家族の罵声が聞こえる)。
その日も天気の良い夕方、私ひとり自宅のトイレにすわり経済企画庁(当時)作成の中小企業政策について考えていた(ウソ)。その時、外から耳慣れた声が聞こえてきた。伸だ。となりの”たつや”とあいさつをしている。「じゃーなー。」そうか、帰ってくる時間なんだ。学校から中途半端に遠いところにあるためこの辺の子供達は、大概がバス通である。そうなればバスの本数も多くないので複数が一緒に帰ってくるのだ。
そのときである。玄関の戸が開いたかどうかという直後、「ただいま〜。」漫画でよくあるコンクリートブロックのような迫力のある声だ。その迫力に押されるように「おかえり〜。」ちょっと声に匂いが付いているのも構わずに私も返した。すると「わ゛〜。」という叫び声につづいて「なーんだ、とっちゃんいたんだ。」
そう、彼はいつものように誰も居ないと思っていたのだ。だから、口から脳みそが飛び出るくらい驚いたのだ。トイレからでて彼の顔を見るとなんとも照れくさそうな顔をしていた。まてよ、普通だれも居ないと分かっていてあんなに元気に「ただいま。」なんて言わないぞ。
私は、考えた。隣り合っているとはいえ工場は普段行っちゃいけないところ。帰ったら誰かが家で待ってて欲しい、でもみんな仕事で忙しいのは分かっている。それでも帰って来たんだぞ!という彼のけじめだったのだろう。こんなちんちくりんなガキンチョのくせに精一杯やっているんじゃないか。なんだかものすごくいとおしくなって抱きしめていた。
その後、こういったシュチエーションはあったが、彼は驚かなかった。
Copyright 2004-2005 AsahiScreen. All Right Reserved.